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奈良地方裁判所 昭和55年(ワ)109号 判決

原告

自檀地チエ子

ほか二名

被告

奈良県

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し各金一、六七三万円ずつ及びこれに対する昭和五三年一二月二五日から支払い済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

自檀地稔(以下「稔」という。)は、昭和五三年一二月二五日午後二時五分ころ、軽四輪自動車を運転し、奈良県吉野郡東吉野村大字平野一三二〇番地先の県道吉野・室生寺針線(以下「本件道路」という。)を平野川沿いに同村出合方向から同村滝野方向に向け、時速約二〇キロメートルで走行中、同所の路面が凍結していたため、そこでスリツプし、ハンドル操作による方向修正不能のまま進行方向右手の約八メートル下の平野川河川敷に転落し、その結果、頭部外傷・右頭蓋骨々折、右前腕骨々折等の重傷を負い、意識不明のまま翌二六日午前一〇時二分ころ脳挫傷により町立大淀病院にて死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故現場付近の状況

(一) 本件道路は、被告の管理にかかるもので吉野―針―室生間を結ぶ、沿線住民等の主要な生活道路で、本件事故当時の車両通行量も一日三〇〇台程度であつた。

(二) ところで、本件事故現場付近の本件道路の幅員は約六メートルあり、同所付近において本件道路が原告進行方向右側にカーブを描きそして、その片側(孤の外側)は急斜面を持つ山、その反対側(孤の内側)は、約八メートルの高低差を持つ崖状の谷になつて、そこに平野川が流れている。又、同所付近では冬期には寒さが厳しく、その最低気温も摂氏零度以下になることが度々あり、同付近の気象状況を観測している大宇陀気象観測所の管内では積雪の多い付近とされている。

3  凍結の原因

本件事故現場付近では、本件道路に沿つた山膚から絶えず湧き水が流れ出し、それが、本件事故当時、同道路の山側で幅約一メートル五〇センチメートルぐらいの帯状で積つていた土砂や落葉のところで滞留し、更に、通行車両が水しぶきをあげるほど本件道路の路面全体に流れ出していた。そして、それが、前記気象状況の下で凍結したものである。

4  責任原因

(一) 被告は、本件道路の管理者として本件道路を常時良好な状態に保つよう維持し、一般交通に支障を及ぼさないように管理する責務がある。

(二)(1)(a) 道路における防護柵(ガードレール)の設置基準を定めた通達(甲第七号証)によると、具体的な設置場所として路側の危険な区間を掲げ、いわゆる路側の法勾配(i)と路側の高さ(h)が別紙防護柵設置基準図1記載に示す斜線範囲内にある場合には、防護柵を設けるべきものとされている。なお、法勾配ないし路側高の測り方は同図2記載のとおりである。

(b) ところで、本件事故現場付近の本件道路の東側の路側の高さは、前記のとおり約八メートルあり、また法勾配も平野川に至る崖がほとんど垂直に切り立つているため零に近いところであるから、本件事故現場付近においては右設置基準に照らして防護柵の設置が義務づけられる場所である。

(2) 右のような事情及び前記のとおり本件道路がその沿線住民の主要な生活道路であつて、本件事故現場付近ではその東側谷部分に平野川が流れていたこと、また同所付近で本件道路がカーブを描いているうえ、そこの路面が冬期に湧き水や積雪によつて凍結することがあるところ、本件道路の安全性を維持すべき責務を負つている被告としては、少なくとも自動車等が平野川へ転落することを防止するため、本件道路の本件事故現場付近で同道路の東側路肩部分に防護柵を設置すべき措置を採るべきであつたにも拘らず、右のような防護柵を設置しなかつたのであるから本件道路のうち本件事故現場付近では道路として通常備えるべき安全性を欠いていたものと言うべきである。

(三) また、本件事故現場付近では本件道路の路面が前記のとおり湧き水や積雪等によつて凍結していたところ、それにつき被告は認識ないし認識しえたものである以上、本件道路管理者である被告としては、本件事故時までに〈1〉本件事故現場付近に路面凍結注意の標識を掲げるなどして運転者の注意を換起し、〈2〉右山膚からの湧き水を排除するため、排水用の測溝を掘つて本件道路面上に水が流れないようにし、更に前記路面上の土砂や落葉等を適宜除去するなど、また〈3〉右〈2〉のような措置を採る時間的余裕なき場合には凍結防上剤を撒布するなどして本件道路の安全性を維持すべきところ、そのいずれの措置も採らず、ために、本件道路面はその長さ五〇ないし六〇メートルに亘り、厚さ三センチメートル位で、その全体がアイスバーン状態に凍結していたから本件道路のうち本件事故現場付近においてはそれが通常備えるべき安全性を欠いていたものと言わざるをえない。

(四) 右の瑕疵の存在は、本件事故後の被告の対応からも明らかである。被告は、本件事故後、本件道路の本件事故現場付近の東側(谷側)路肩部分に数十メートルにわたり防護柵を設置し、また、本件事故現場付近に「凍結注意」の立札を立てたうえ、本件事故現場付近の道路上の土砂や落葉を除去し、山膚からの湧き水を平野川へ流すため応急的な措置として本件事故現場付近の道路面を横に切つて排水溝とし、それから、山側に側溝を掘り、右湧き水を本件道路の下を横断させて埋設した土管を通して平野川へ流すような措置を採つた。

(五) ところが、本件事故は稔運転の自動車が前記のとおり、本件事故現場付近において、路面が凍結していたため、そこでスリツプし、右のとおりの防護柵が本件事故現場付近に存しなかつたことにより生じたものであつて、本件道路の管理の瑕疵に起因するものと言うべきである。したがつて、被告は、国家賠償法二条一項に基づき原告らに後記損害を賠償すべき義務がある。

5  損害の発生

(一)(1) 稔の逸失利益 金 三一六九万三八一一円

稔は、本件事故当時、旧制中学を卒業した五一歳の男子で、本件事故に遭なければ、本件事故以降一六年間(六七歳までの期間)の稼働が可能であるはずであつたところ、同人は、右期間中昭和五三年度のいわゆる賃金センサス中、旧制中学卒男子労働者の全年令平均賃金年額金三九二万四七〇〇円を下らない収入をあげ得たものと評価することができ、この間の同人の生活費は右金額の三〇パーセントを超えないから、これを右金員から差し引き、以上を基礎としてホフマン方式により年五分の中間利息を控除して同人の逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、左のとおりの金額となる。

三九二万四七〇〇×(一―〇、〇三)×一一、五三六三九〇七九=三一六九万三八一一

(2) 慰謝料 金一五〇〇万円

稔は、一家の支柱であつて、同人は本件事故により筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つたものであるところ、これに対する慰謝料は一五〇〇万円が相当である。

(3) 葬祭料 金五〇万円

(4) 弁護士費用 金三〇〇万円

(二) 原告自檀地チエ子は稔の妻であり、その余の原告は稔の子であり、他に相続人はいないから、原告らは、右損害賠償請求権をそれぞれの法定相続分に応じ各一六七三万円宛を各相続した。

6  結論

よつて、原告らは、被告に対し、原告それぞれに本件事故に基づく損害賠償として金一六七三万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五三年一二月二五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、稔運転の自動車の速度、本件事故の原因、及び本件事故現場付近における本件道路から平野川河川敷までの高低差については否認し、稔の本件事故による受傷部位は不知、その余の事実は認める。なお、本件道路から平野川河川敷までの高低差は約六メートルである。

2(一)  同2(一)の事実のうち、本件道路が被告の管理にかかるものであること、そして吉野―針―室生間を結ぶ道路であることは認める。

(二)  同(二)の事実のうち、本件事故現場付近の地形は、本件道路と平野川との高低差を除いて認める。但し、道路幅員は、有効幅員として認める。

3  同3の事実は否認する。なお、本件事故現場付近における山膚からの垂れ水は、主として降雨後にみられるもので交通に支障をきたすものではない。

4(一)  同4(一)の事実は認める。

(二)(1)(a) 同4(二)(1)(a)記載の通達があることは認めるが、それは、道路構造令(昭和四五年政令第三二〇号)三一条所定の「さく」の設置に関する基準を示したもので、この基準は昭和四八年四月一日以降に新設または改築される道路について適用されるうえ、それは、「道路を新設」または「改築」する場合の「一般的技術的基準」を示したものにすぎない。したがつて、右基準は、全国に存する既存の道路について一挙にそれを実現すべきことを要求していない。

(b) 同(b)の主張は争う。

(2) 同(2)の事実は否認し、その主張は争う。本件道路の管理には瑕疵がない。

(三)  同(三)の事実は否認し、その主張は争う。なお、本件事故現場手前(稔運転の自動車の進行方向に向かつて)約二〇〇メートルの地点(道路の右側)に「凍結注意」を促す道路情報板が、そして、本件事故現場手前約一五〇メートルの地点(道路の左側)に、右情報板と同趣旨の立札が本件事故当時設置されていた。

(四)  同(四)の事実のうち、本件事故後、被告が原告ら主張の各工事をした事実は認める。なお、防護柵を設置したのは、原告チエ子が故人(稔)の供養のためにと強く要望したことによるものであり、また「凍結注意の立札」を本件事故現場の前後に各一本増設したもので、また、山側の側溝の一部付け換えは、山膚からの垂れ水処理を主自的としたものではない。

(五)  同(五)の事実は否認し、主張は争う。

5  同5の事実は否認する。

三  被告の主張

1  本件道路の瑕疵不存在(とくに防護柵設置に関して)

防護柵設置の要否は、道路の線形、幅員、勾配、見通し、交通量、その他の状況を総合的に勘案したうえで判断すべきものであるところ、本件事故現場付近は、その道路が凍結することがあつても山間道路としては、その道路幅員が比較的広く、見通しもそう悪くなく、また、内カーブになつていて自動車等が平野川側に逸脱する危険性は予想し難い。したがつて、本件事故現場付近に防護柵がなかつたからと言つて、それ自体、本件道路の設置、管理に瑕疵があつたと言うことはできない。

2  本件事故の原因

(一) 本件事故は、稔の運転未熟とハンドル操作の誤りによつて生じたもので本件事故現場にみられた若干の路面凍結との間には因果関係がない。

(二) 右の点は、左記の事情から明らかである。

(1) 本件事故当時における路面の凍結は、本件道路の如き山間道路において通常認められる程度のもので、稔以外の自動車は、格別の支障を感ずることもなく、いずれも無事に本件事故現場を通過している。

(2) そして、本件事故は一日のうちでも最も気温が高く、また昼間の日照時間を過ぎた午後二時過ぎころに発生しているところ、稔は、本件道路の路面がシヤベツト状態になつていた長さ一三・七メートルと四メートルの凍結箇所を通過した後、その運転車両が蛇行することもなく、また、スリツプによる横すべりや転回をすることもなく、約一五メートルぐらいおおむね真直ぐに走行したうえ前記のとおり平野川河川敷に転落している。

(3) 稔の自動車の運転歴であるが、昭和五三年四月一五日に運転免許を取得したばかりの初心者である。

(4) ところで、右凍結箇所は内カーブになつている所であつて、仮に原告ら主張のとおり路面凍結により、自動車がスリツプしたとすると、自動車は横すべりないしこれに近い状態で左前方の山側の方に向かつて進んでいくのが通常である。

(三) 以上の事実からすると、稔の本件事故は、路面凍結によつてその運転車両がスリツプしたことに原因するものでないことは明らかである。

3  したがつて、右いずれの点からしても、被告が本件事故による責任を負担する理由がない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は否認し、その主張は争う。

2(一)  同2(一)の主張は争う。

(二)(1)  同(二)(1)の事実は否認する。

(2) 同(2)の事実のうち、本件事故が午後二時過ぎころ発生していること、本件事故現場付近での稔の走行状態が、車の後部を振るとか、回転するなどということがなかつたこと、そして、稔運転の自動車が平野川河川敷に転落したという事実は認めるが、その余の事実は否認する。なお、本件事故現場付近の稔の運転方法であるが、その転落直前にいかなる措置を採つたか明らかでないが、その時速、また異常な運行状態でなかつたことからしても、稔の過失行為を推認させるものは何もない。

(3) 同3の事実のうち、稔が、昭和五三年四月一五日に自動車の運転免許を取得した事実は認める。

(4) 同(4)の主張は争う。なお、本件事故現場付近においても、カーブを曲りきるまでは、被告が主張するように山側へ、しかし、カーブを曲りきつてしまうと、平野川の方へ自動車がスリツプする状況にある。

(三)  同(三)の事実は否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  (本件事故の発生)

稔が昭和五三年一二月二五日午後二時過ぎころ、軽四輪自動車で奈良県吉野郡東吉野村大字平野一三二〇番地先の本件道路を平野川沿いに同村出合方向から同村滝野村方向に向けて走行していた際、その進行方向右手の平野川河川敷に転落し、その結果翌二六日午前一〇時ころに町立大淀病院にて死亡したことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第一、第二号証及び原告自檀地チエ子本人尋問の結果によれば、右転落事故により稔が頭部外傷、右頭蓋骨々折、右前腕骨々折及び脳挫傷等の重傷を負い、それが右死亡の直接の原因であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  (本件事故現場付近の状況及び路面凍結の原因とその程度)

1  本件道路は、被告が管理する吉野から針を経て室生へ通ずる県道であつて、本件事故当時、本件事故現場付近の本件道路には、平野川河川敷への転落を防止するための防護柵(以下、ガードレールという)がなかつたことは当事者間に争いがない。

2  また、成立に争いのない甲第三号証の一、二、同第四号証の一、二、同第五号証の一ないし四、乙第一第二号証、そして、本件事故直後に実施された本件事故現場の実況見分の際、同見分をした警察官が本件事故現場付近を撮影した写真であり、右乙第一号証の添付写真であることにつき争いのない検乙第一ないし第二一号証及び証人桝本実雄、同下西健雄、同仲西啓充、同梶寿、同峯定雄の各証言並びに本件現場検証の結果を総合すると、左記の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(但し、証人城山吉史及び同桝本実雄の各証言中、左記認定事実に反する部分は、いずれも後記のとおり措信し難い。)。

(一)  本件道路は、山間道路ではあるが、その沿線住民にとつて、主要な生活道路であつて、本件事故現場付近での一日の車両通行量は約三〇〇台ぐらいである。

(二)  本件事故現場は、本件道路の西側が急斜面を持つ山腹で、東側が高さ六ないし八メートルの崖で、その崖の下に高見川支流の平野川が北から南に向けて流れている。右崖の別紙交通事故現場見取図(一)(以下「見取図(一)」という。)記載のA―A'間、B―B'間においては、同見取図(一)A―A'間、B―B'間断面図の記載のとおりであつて、所々に岩等が突出している他、本件事故現場付近のその他の場所においても、右A―A'間、B―B'間とほぼ同様、切り立つたような斜面で所々に岩等が突出している(同事実中、本件道路をはさんでその西側に急斜面を持つ山腹が、そして東側に崖があり、平野川が流れていることは当事者間に争いがない。)。

(三)  そして、本件事故現場付近における本件道路は、歩車道の区別のないアスフアルト道路で、見取図(一)記載のとおり南北に走つている。その有効幅員は、約四・六〇メートルから約六・八〇メートルで、そのうち、見取図(一)記載のA―A'線より北側部分においては、六メートルを超えている。また、右現場付近においては、約半径六〇メートルの内カーブを描き、その横断勾配は、おおむね東側(川側)が低くなり、見取図(一)記載のA―A'間で約一・七四パーセントである。そして、同図記載のE―F間の勾配は、約二、四七パーセント北側へ下り勾配になつており、そのE点から同図記載の〈補〉部分までにおいても、右E―F間と同様、北側へ下り勾配になり、右〈補〉部分から北側は、ほぼ水平であるが、更に北側へ行くにつれ序々に上り勾配になつている。

(四)  そして、本件事故以前から、本件事故現場付近の見取図(一)記載の〈ア〉点の少し西側にあたる山腹の高さ約三、五メートルぐらいのところより湧き水が流れ出し、それが数条の垂れ水となつて本件道路上に流れ落ちていた(右湧き水の量は、雨の降つた後は普段より多いとはいえ、確定し得ないが、本件事故後、本件道路の下を通つて右湧き水を平野川へ排出するために土管が敷設され、その土管によつて排出される湧き水の量は、本件の検証時(昭和五六年一二月二三日)、一分間に七三五ccであつた。)

本件事故当時、右湧き水を排出するため、被告は本件道路の西側の端にL字型側溝を設置していたが、前記〈ア〉点部分から北へ約二八メートルに亘つて厚さ三ないし四センチメートル程度の土砂や落葉が右L字型側溝の上に堆積していた。そのため、本件事故当時のみならずそれ以前においても同部分に湧き水が滞留し、また、右土砂等によつて塞止められた湧き水が、前記のとおり北側へ下り勾配となり、且つ東側が低くなつている本件道路の状況もあつて、本件事故現場付近の本件道路面のうち、見取図(一)記載のl―l'線より北側方向へ数十メートルに亘り、路面全体に流れ出ていた。

(五)  一方、本件事故現場付近の気象状況は、一年のうちの一二月ころの同所の日照時間は、概ね一ないし二時間ぐらいであつて、同所に最も近い気象観測地点である大宇陀観測所の一二月下旬の最低平均気温は、昭和五一年がマイナス〇・一度、翌五二年がマイナス〇・六度、そして翌々五三年がマイナス三度であつた。とくに本件事故当時本件事故現場付近においては、事故の前日より寒波が来襲し、その明け方にはマイナス四・五度を記録した。また積雪は毎年の如く、繰り返えされ、冬期において気温が低下した場合には、前記道路面に流れ出した湧き水がその道路面で凍結するということを繰り返していた。とくに、一日の日中気温が上らないときは、本件事故現場付近の日照時間の関係もあつて、一日中、右凍結状態が続くときもあつた。そして、本件事故当時は、前夜来の寒波のため、本件事故現場付近の本件道路面に流れ出た湧き水が交通事故現場見取図(二)(以下「見取図(二)」という。)記載の範囲、状態で凍結し、見取図(一)記載の〈ア〉点の西側の山腹にかけてあつたロツクネツト部分には無数の氷柱ができていた。

なお、証人城山吉史、同桝本実雄の各証言中、以上の認定事実に反する部分は、前掲乙第一号証、証人下西健雄及び同峯定雄の各証言と対比してにわかに措信することができない。

三  被告の責任

1  道路法四二条一項によると、道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならないものとされるところ、他方、自動車運転者は、走行中の道路の地形的、構造的諸条件及び気象事情による道路状況に即応して安全走行すべき義務があるものというべきであるから、道路管理者の一般的な管理内容や管理の瑕疵の有無を案ずるには、当該道路事情及び自動車運転者に社会通念上要求される一般的な運行態様を彼此検討すべきものと解するのが相当であり、そして道路管理者が発生した事故についてその責に任ずるのは、管理の瑕疵、したがつてその根源である当該道路の危険性と因果関係のある範囲のものに限られるべきものと解される。

2  そこで検討するに、前示認定事実によれば、本件事故現場付近での本件道路は、同道路の一方(西側)が山腹、他方(東側)が六ないし八メートルの崖となり、その下を流れる平野川に狭まれており、また、南から北方に進むにつれやや下り勾配となり、そして東西方向も山側より川側に向つて低くなつているという状況であるけれども、同所は南から北に向つて半径約六〇メートルの内カーブをなし、その有効幅員も四・六〇ないし六・八〇メートル(とくにカーブを曲り切つた以降は約六メートル)になつているうえ、その見透し状況も悪くないところであるから、他に特段の事情なき限り自動車運転者が本件道路を走行するうえで通常要求される注意義務をもつて運転すれば、当該自動車の平野川河川敷への路外逸脱のおそれは殆んどないものと認められる。

もつとも、前示認定したとおり、本件事故現場付近では本件道路が、北側に向かつてほぼ下り勾配に、そしてその横断勾配も山(西)側より川(東)側に低くなつており、また、本件事故地点より南側の前示山腹から湧き水が流れ出し、それが前示のとおりの範囲で事故現場付近を覆つているうえ、しかも、冬期には前示のような気象事情下にあり冬期においては、相当の範囲で路面が凍結し、その状態が日中においても継続することが多いことが認められるから、路面凍結によるスリツプ事故が発生するおそれがあり、ことに南から北方に進行する場合、そのカーブを曲り切つた以降においては、平野川河川敷方向へスリツプして、路外へ逸脱する危険性があることは否定できないところである。

しかし、この場合においても、前記道路幅員、カーブ、勾配の状況よりすると、本件道路を走行する自動車運転者が道路状況に応じて、通常要求される注意義務をもつて運転すれば、当該自動車が平野川へ路外逸脱する危険性は、それ程高いものとは言えない。

のみならず、本件事故の発生は、後記の如く、本件道路における危険性の根源である路面凍結に起因するものとは断じ得ない事情が認められるのである。

即ち、成立に争いのない乙第一号証、前掲検乙第一ないし第二一号証、及び証人下西健雄、同梶寿、同峯定雄の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故の直後である事故当日の午後三時六分から同三時五〇分の間で行なわれた警察官の実況見分の際の本件現場付近の本件道路の状況は、別紙見取図(二)記載のとおりであつたこと(凍結の範囲については、前認定のとおり)、そして稔が平野川河川敷へ本件道路から転落した位置は、右見取図(一)記載のX'Y'辺りで、同部分には、稔運転の自動車によつて残されたタイヤ痕が右図のXX'間、YY'間(いずれも約三・五メートルぐらいである。)にあり、その痕跡はほぼ直線でタイヤがスリツプして出来たものではなく、走行して出来たものであること、しかも本件事故当時前記認定した路面凍結のあつた右図(二)〈い〉記載部分の北の端から右X及びY点までは約一一ないし一二メートルあり、その間は、一部は路面が湿潤状態(〈い〉の北の端から約五メートルぐらいまで)でその後は乾燥状態で、その間に稔運転車両のタイヤ痕は全くなく、従つて、路面凍結のあつた右〈い〉の北の端から、落下地点であるX'及びY'各地点との間において稔運転車両がスリツプしたとはとうてい認め難い状況にあつたこと、また、稔は本件事故現場付近に至るまで、時速約二〇ないし三〇キロメートルぐらいのゆつくりした速度で走行し、右転落事故に至るまで、本件事故現場付近で同人運転車両の後部が振るとか、或いは車体が回転するといつた異常な事態はなく、ごく普通の運転状況、換言すればハンドル操作の自由を失つていたと認められる異常な様子はなかつたこと、そして、稔運転の自動車それ自体に異常もなかつたことが認められ(右認定に反する証人城山吉史の証言は、乙第一号証及び証人下西健雄、同峯定雄の証言に照らしてにわかに措信し難い)、右認定事実並びに前記認定した本件事故当時の本件事故現場付近の本件道路の路面の凍結状態を総合すれば、稔運転車両が(何故、何んら異常もないのにそのような運転をしたか、証拠上明らかではないが少なくとも)本件道路の凍結により本件転落事故に至つたとはとうてい認め難い。

以上のとおりであるから、原告主張の如く、本件道路において冬期における路面凍結を原因とする路外(殊に平野川側に)逸脱の危険性が高く、右のような事故を防止する措置として、ガードレールの設置、凍結状態を融解し、或いは必要に応じて通行止めの措置を採る等の管理義務を被告が仮に負担するとしても、被告の管理の瑕疵、従つてその危険性の根拠となる路面凍結を原因として本件事故が発生したものと断ずることができないこと右のとおりであるから、結局、被告の負担すべき義務発生の根拠となる事実関係と全く因果関係のない本件事故による損害を賠償すべき義務は、被告にはないといわざるを得ない。

四  以上の次第であるから、原告らの本訴請求はその余の判断をなすまでもなく理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 諸富吉嗣)

別紙 防護柵設置基準図

〈省略〉

〈省略〉

別紙 交通事故現場見取図(一)

〈省略〉

交通事故現場見取図(二)

〈省略〉

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